松尾祭・還幸祭(前編)
- りょうたろう
- 2008-05-20 (火) 15:34
- 京都の歳時記(春)







還幸祭は、三週間前の松尾祭・神幸祭が”お出で”と言われているのに対し、”おかえり”と言われています。また、葵と桂を身に付ける事から別名”松尾の葵祭”とも言われています。
葵祭と言えば、下鴨神社・上賀茂神社の賀茂祭(通称:葵祭)が有名です。どちらも、葵の葉を身につける事から葵祭と言われていますが、単に偶然の一致ではないようです。
賀茂氏と秦氏でも書きましたが、松尾大社の秦氏と賀茂社の賀茂氏は、どうやら婚姻関係で結ばれていたようです。
\(゜_\)(/_゜)/ 前置きはさておき
旭日の杜で待っていると、遠くで威勢の良い掛け声が聞こえてくる。しばらくすると最初のお神輿大宮社がやってきました。
大宮社だけ丘に上がり差し上げを行います。大宮社は、松尾御本社二柱(大山咋神と市杵島姫命)を祀るから他の5基の御神輿より特別なのかもしれません。
徐々に御神輿が集まってきました。
6基の御神輿と唐櫃が揃うと、一時間ほど祭典が行われます。祭典が終わると京都中央卸売市場ちかくの朱雀御旅所に向かわれます。
ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ・_・)┘ 朱雀御旅所へ先回りだ!
朱雀御旅所↓
どうやらまだ御神輿は到着していないみたいだ。
朱雀御旅所では祭壇が設けられていました。
大きな鯛!
榊に付けられたお面↓
どうやらこれは榊御面と呼ばれているものではないでしょうか?
松尾祭のパンフレットによると
『榊御面(さかきごめん)と松尾使(まつおづかい)
神幸・還幸両祭には、いずれも吉祥院地区から二組の稚児が「榊御面」の役を奉仕する例で、男女の面を付けた榊の大枝を奉持して先導役をつとめます。
また、還幸祭には下津林地区から選ばれた稚児が「松尾使」として奉仕されます。』
と書かれている。
男女の面とあるが女の面は見当たりませんでした。別の場所にあるのだろうか?
そうこうしていると、先頭の御神輿四之社がやってきた。
四之社↓
立て札の御由緒には
『四之社(しのしゃ)
「四の大神」は、秦の大神の意であるという。本社の祭礼に従事した秦氏の遠祖を祀ったものと考えられる。
この様に祖霊社的な意味合いを持つことから、境外に独立の社はなく、古来より本社の境内に鎮っている。
四季折々を司どり、年中の平安をお護り下さる神である。舟渡御や巡行の先頭を行く神輿である。』
と書かれている。
旭日の杜と違い朱雀御旅所は広くないので6基も御神輿が入るとキチキチです↓
朱雀御旅所での祭典が終わり、いよいよ松尾大社へ向けて出発です↓
朱雀御旅所の前で差し上げが行われます↓
ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ・_・)┘ 松尾大社へ先回りだ!
松尾祭・還幸祭(後編)へ続く
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