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首塚大明神

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以前下鴨納涼古本まつりで買った本『京都の伝説』の中に『酒呑童子』と言うお話がありました。

酒呑童子は(要約)

『酒呑童子

昔、丹波の大江山に酒呑童子という鬼が住んでいて、都の娘達をさらっていました。

そこで帝は、公家や大臣をお集めになって相談され

源頼光(みなもとのらいこう)に命じて、退治させるほかあるまい」

という事になりました。

頼光は召されると、ただちにおひきうけ申し上げました。

屋敷に帰ると、家来達(平井保昌渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光)を呼んで言いました。

「相手は、神をも恐れぬ鬼だ。我々の武勇をもってしても及ばぬこともあるかも知れぬ。神仏の加護をおろそかにしてはなるまいぞ」

そこで、頼光と保昌は八幡の石清水八幡宮へ、綱と金時は難波の住吉明神へ、季武と貞光は熊野権化へ参籠して、やがて六人の主従は山伏に姿を変え、丹波の国をめざして出立したのでした。

頼光一行は、大江山に向う途中、三人の老人に神便鬼毒酒(じんべんきどくしゅ)というお酒と星甲(ほしかぶと)という甲を貰い受けます。

老人達は

「鬼を退治する時には、我々も手伝いに参上するつもりだ」

と言い残すと姿が見えなくなりました。

頼光は、石清水八幡宮・住吉明神・熊野権化の神々であったことに気づき感激します。

頼光達は、道に迷った山伏だと言い何とか酒呑童子の棲家に潜入します。

そして、神便鬼毒酒を取り出し、酒呑童子の盃に、とくとくと注ぐのでした。

酒呑童子は

「これは美味しいものだ!」

と次々と盃を進めていった。

そのうち酒呑童子は、奥の部屋へ引き下がり、大いびきをかいて寝てしまったのです。

頼光達は、さっと立ち上がり、笈(おい)のなかに隠してあった鎧を取り出して身に付けました。

らんでん鎖という緋縅の鎧に老人からもらった星甲、それに「ちすい」という太刀を持ち、堂々と乗り込んで行くのでした。

「酒呑童子は?」

と見れば、夕刻とは打って変わって、身のたけも二丈あまりのび、ざんばら髪からは、鋭い角も生えています。

そこに

「我々もお手伝いしよう」

と三人の老人が現れ、酒呑童子の手足を押さえ込みました。

酒呑童子は目覚め立ち上がろうとしましたが、身動きがとれません。

あっという間に頼光に首を打ち落とされてしまいました。

しかし、打ち落とされた首は、空中に舞い上がり、大きな口を開けて牙をむくと、頼光めがけて飛び掛ってきました。

頼光の星甲には、六枚目まで歯が入りましたが、七枚目はかみつけず、ずしんと地に落ちて、息絶えてしまいました。』

といったお話です。

さて、このお話には続きがあります。

頼光が酒呑童子の首を都まで持って帰ろうとすると、急に首が重くなり持ち上がらなくなりました。

しかたなく、その場所に首を埋め首塚としたのが現在の首塚大明神です。

京都市内から亀岡方面へ向う国道9号線の途中に老ノ坂トンネルがあります。

老ノ坂トンネル↓

老ノ坂トンネル

老ノ坂トンネルの手前(写真の左手前)に細い道があり、進んでいくと首塚大明神にたどり着きます。

途中に標識が出ていないので、「本当にこの道であっているのか?」と疑問に思いつつ進んでいると・・・・

Σ(゜ロ゜;) さ・・・・

猿

猿!!!

しかも大集団(見た感じ20頭ぐらい)!

(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル

襲われる気配はなさそうなので進む。

従是東山城国↓

石碑

山城って・・・・いったい何時造られた石碑だろう?

この石碑から少し行った所に首塚大明神がある。

首塚大明神鳥居↓

首塚大明神

鳥居をくくり進んでいく↓

首塚大明神

首塚大明神↓

首塚大明

ここに酒呑童子の首が埋まっているのか!?

首塚大明神石碑↓

首塚大明神石碑

石碑には(要約)

『由緒

酒呑童子の首級を証拠に京の都へ帰る途中この老の坂で休息したが、道端の子安の地蔵尊が

「鬼の首のような不浄なものは天子様のおられる都へ持ち行くことはならん」

と云われた。

足柄山で、熊と相撲を取ったという力持ちの坂田金時が証拠の品だから都へ持っていくと言って酒呑童子の首を持ち上げようと力んだが、急に重くなって持ち上がらない。

そこで一行は、やむ得ずこの場所に首を埋めて首塚をつくったと伝えられる。

酒呑童子が源頼光に首を切られるとき、今までの罪を悔い、これからは首から上に病を持つ人々を助けたいと言い残したと伝えられる。

首塚大明神は首より上の病気に霊験があらたかである。』

と書いてある。

坂田金時の幼少時代と言えば金太郎ですね。

その怪力をもってしても持ち上げられないとは・・・・・

首が重くなったのは、酒呑童子の力ではなく地蔵尊のお力みたいです。

たとえ悪人であっても、悔い改め神様として祀られるところがなんとも日本的で面白い。

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