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新撰組

池田屋事件

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池田屋事件(騒動)とは、元治元年6月5日新撰組が池田屋に集結していた尊皇攘夷派の志士を襲撃した事件です。

事件の発端は、6月5日早朝古高俊太郎(枡屋喜右衛門)を新撰組が捕らえ壬生の屯所の連れて行き、拷問の後「6月20日前後の風の強い日、御所に火を放ち、その混乱に乗じて会津の松平容保らを暗殺し、孝明天皇を長州へ連れ去る」というクーデター情報を聞き出したことに始まる。

古高俊太郎邸跡

京都府京都市下京区順風町311

この地は、古高俊太郎が枡屋という道具屋をかまえながら、ひそかに勤王志士とまじわり、武器を集め倒幕の拠点としていた場所です。

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金戒光明寺(2009年もみじ狩り)

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金戒光明寺は、幕府から京都守護職の命を受けた会津藩が本陣として使ったお寺です。会津藩主松平容保公が新選組の近藤勇と謁見した謁見の間(焼失して再現)があります。新選組が京都守護職御預かりとなり正式な組織として認められた歴史的な場所でもあります。

金戒光明寺

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島原

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壬生寺から南西の方角直線距離約700mのところに、東鴻臚館(ひがしこうろかん)址の石碑があります。

東鴻臚館址↓
東鴻臚館址

石碑によると

東鴻臚館址

平安時代、京の中央に朱雀大路が貫き、その七条以北の東西にふたつの鴻臚館が設けられていたが、この島原付近は東鴻臚館にあたる。

当時この館を利用していたのは、唐ではなく渤海国(ぼっかいこく)の使者にかぎられていた。当時の政府は、渤海客を大いに歓待し、日本の国威を示すために林邑楽(りんゆうがく)を演奏したり、詩文の会などを催していたが、延喜20(920)年頃には廃せられた。

島原伝統保存会より

渤海国とは

渤海 (国)

渤海(ぼっかい、698年 – 926年)は、満州から朝鮮半島北部ロシアの沿海地方にかけて、かつて存在した国。高句麗滅亡後にその遺民である大祚栄により建国され、周囲との交易で栄え、中国からは「海東の盛国」(『新唐書』)と呼ばれたが、最後は契丹(遼)によって滅ぼされた。

Wikipediaより

平安京の渤海国専用の迎賓館がここにあったのか・・・・。渤海国の消滅と共に無くなった感じですね。

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鳥羽伏見の戦い

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う~ん?何だかアクセスが多いな・・・・と調べてみるとヤフーニュースにリンクが張られていました。

ヤフー

さすがヤフーの影響力はすごいと感心。

それはさておき、ニュースでは寺田屋が鳥羽伏見の戦いで焼失し、現在の建物は再建されたものと書かれています。

鳥羽伏見の戦いとは、徳川軍と薩長を中心とする新政府軍との戦いで、戊辰戦争の緒戦になった戦です。

歴史の中の日本(中公文庫発行・司馬遼太郎著)の中の”京への「七口」合戦譚”によると

城南宮から西へ徒歩5分ばかりいくと、鴨川の下流の土堤に突き当たる。この土堤の上が旧街道である。そばに小枝橋という小さな橋がある。

この橋に、薩長軍の最前の陣地があり、街道を中心にして左右に陣を張り、薩摩藩の士椎原小弥太が指揮していた。そこに幕軍の長々とした縦隊がやってきた。慶応4年(1868)正月三日午後5時ごろである。』

と書かれている。

小枝橋↓

小枝橋

小枝橋

現在の小枝橋は、どこにでも見られるコンクリートで出来た橋ですが、当時の小枝橋はもちろん木製で、現在の位置よりやや南に架けられていたそうです。

橋のそばには石碑が建てられています。

鳥羽伏見の戦い石碑

立て札には(一部要約)

『鳥羽伏見戦跡

明治元年(1868)正月三日夕方、この付近での戦が、鳥羽伏見戦の発端となった。

王政復古ののち、将軍の領地返納を決めた朝廷、薩摩、長州藩らの処置を不満とした幕臣、会津、桑名軍は正月一日挙兵、大阪から京都へ攻め入ろうとし、薩摩、長州軍はこれを迎えうった。』

と書かれている。

小枝橋の近くに鳥羽離宮公園があります。

鳥羽離宮公園↓

鳥羽離宮公園

公園の中には、鳥羽伏見の戦いの戦闘図があります。

鳥羽伏見の戦戦闘図

北は京都、南は大阪。幕府軍が二手に別れ桂川・宇治川づたいに北上している様子がうかがえます。

桂川沿いを北上してきた主力幕府軍(2000名)と新政府軍の間で「通せ」「通さぬ」の押し問答の末、しびれを切らした幕府軍が大砲を引っ張り出し、新政府軍に向けて撃とうとした直前、隠しておいた新政府軍の大砲が先にはなたれ幕府軍に命中します。

コレを機に鳥羽での戦いが始まった。

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壬生寺

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お役立ち情報のページを追加しました。京都観光に役立ちそうな情報があれば随時載せていきます。
山鉾ギャラリーのページに山鉾マップを追加しました。

久しぶりに壬生寺に行ってきました。

表門をくぐり参道を歩くと正面に本堂、左手に千体仏塔が見えてきます。

千体仏塔(左)と本堂(右)↓

壬生寺

ここから右方向に視点を移すと壬生寺会館が見える↓

壬生寺会館

壬生寺会館の奥に大念佛堂(狂言堂)があります。

大念佛堂では、春(9日間)・秋(3日間)・節分(2日間)に有名な壬生狂言が行われます。

壬生狂言は、嵯峨大念仏狂言と同じ身振り手振りの無言劇です。

去年の春に壬生狂言を見に行ったのですが、写真撮影禁止のため写真はありません。 _| ̄|○

嵯峨大念仏狂言との違いは、有料(節分公開は無料)である事と、観客席が二階にあるため、狂言を同じ目線あるいはやや上から見ることが出来る事です。

春の公開期間中、毎回一番最初に”炮烙割り”と言う壬生狂言ならではの演目が行われます。

炮烙割りは、奉納された素焼きの炮烙を狂言堂から次々と落としていく、迫力ある演目です。

壬生狂言の他に壬生寺は、かつて新撰組の兵法調練場があった場所でもあります。

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