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幕末

池田屋事件

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池田屋事件(騒動)とは、元治元年6月5日新撰組が池田屋に集結していた尊皇攘夷派の志士を襲撃した事件です。

事件の発端は、6月5日早朝古高俊太郎(枡屋喜右衛門)を新撰組が捕らえ壬生の屯所の連れて行き、拷問の後「6月20日前後の風の強い日、御所に火を放ち、その混乱に乗じて会津の松平容保らを暗殺し、孝明天皇を長州へ連れ去る」というクーデター情報を聞き出したことに始まる。

古高俊太郎邸跡

京都府京都市下京区順風町311

この地は、古高俊太郎が枡屋という道具屋をかまえながら、ひそかに勤王志士とまじわり、武器を集め倒幕の拠点としていた場所です。

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坂本龍馬ゆかりの地(後編)

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坂本龍馬ゆかりの地(前編)からつづき

おりょう独身時代寓居跡から北へ歩く。三条通から一筋南の通り(通称龍馬通り)に龍馬がかくまわれていた酢屋があります。

酢屋↓

酢屋

酢屋は、288年続く材木商で、当時主人が近くの土佐藩邸に出入りしている縁で龍馬をかくまうことになったそうです。現在の建物は、改装されていますが当時のおもむきを残しています。上の写真、左に見える格子の部屋に龍馬はいたそうで、海援隊本部としも使われていたそうです。ちなみに、二階の部屋から龍馬がピストルを撃ったという逸話も残されています。(むちゃするな・・・・ ^^;)

龍馬は、この部屋で姉あてに最後の手紙を書いたそうです。手紙の移しは酢屋の二階「ギャラリー龍馬」(入場料500円)で見ることが出来ます。

酢屋の前には坂本龍馬寓居跡↓

坂本龍馬寓居跡

酢屋から西へ歩き、河原町通りを南に歩いて行くと坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地碑があります。

坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地碑(近江屋跡)↓

坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地碑

京都府京都市下京区木屋町通四条下る斎藤町127

酢屋にいては危ないという事で土佐藩御用達の醤油商・近江屋に移ります。しかし、1867(慶応3)年11月15日夜坂本龍馬と中岡慎太郎は何者かに襲われてしまいます。

新創社の京都時代MAP 幕末・維新編にある坂本龍馬暗殺によると。

坂本龍馬暗殺(一部省略)

その夜、近江屋で何が起こったか

数名の武士が十津川郷士と名乗って龍馬に会いに来た。二階の奥の部屋には手前に中岡、行灯と火鉢を挟んで龍馬が向かい合っていた。受け取った名刺を見ていると、藤吉について上がってきた武士が突然「コナクソ」といって中岡を斬り付けた。

龍馬は床の刀を取り、鞘を付けたまま受け止めるが、力に押されて背中を肩から脇へ斜めに斬られ、乱闘のうちに額を斬られてしまった。

龍馬と中岡が動かなくなったのを見て武士の一人が「もうようい、もうようい」と言うと全員が立ち去った。

暗殺者たちが出て行くと、龍馬は行灯をもって階段の側まで行ったが「石川(中岡の変名)刀はないか」と何度か叫んでそのまま力尽きてしまった。

と書かれている。

暗殺者が誰なのか今でも謎のままです。ちなみに、この時まきぞいになった藤吉のお墓は京都霊山護国神社の坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓の隣にあります。

京都時代MAP 幕末・維新編
京都時代MAP 幕末・維新編
新創社

ここから、少し離れますが三条通りにある東山ユースホテルの前に坂本龍馬・おりょう結婚式場跡があります。

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坂本龍馬ゆかりの地(前編)

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京都には、坂本龍馬ゆかりの地がたくさんあります。特に、木屋町通りぞいに集中して点在しています。河原町木屋町から北へ順に見ていきます。まず最初に見えてくるのが土佐藩邸址です。

土佐藩邸跡↓

土佐藩邸跡

京都府京都市東山区三条通白川橋東入五軒町112

橋を渡り少し西へ歩くと土佐稲荷岬神社があります。

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坂本龍馬のお墓

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坂本龍馬のお墓は、京都霊山護国神社にあります。

京都霊山護国神社

龍馬のお墓は山の一番高い場所ではなく山の中腹、ちょうど京都市内が一望できる場所にあります。

坂本龍馬(左)と中岡慎太郎(右)のお墓↓

坂本龍馬(左)と中岡慎太郎(右)のお墓

坂本龍馬のお墓↓

坂本龍馬のお墓

立て札によると(一部略)

坂本龍馬・中岡慎太郎の最後

坂本龍馬は、洛中においては河原町三条下る酢屋嘉兵衛方に寓居していたが、遭難10日前に醤油屋商近江屋新助方に転居した。

慶応三年(1867年)10月15日、午後6時ごろ中岡慎太郎が訪問。

この2、3時間後、会談中の彼らは刺客の襲撃に遭い、坂本龍馬は額を横に斬られ、二の太刀は右の肩から左背骨にかけ、三の太刀で更に前頭部を裂かれて悲痛な一言を残して倒れた。盟友・中岡慎太郎も全身に刀傷を負い、二日後の17日の夕刻に息を引き取った。

坂本龍馬。志士中の一級志士と云っても過言ではない。

と書かれていました。

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島原

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壬生寺から南西の方角直線距離約700mのところに、東鴻臚館(ひがしこうろかん)址の石碑があります。

東鴻臚館址↓
東鴻臚館址

石碑によると

東鴻臚館址

平安時代、京の中央に朱雀大路が貫き、その七条以北の東西にふたつの鴻臚館が設けられていたが、この島原付近は東鴻臚館にあたる。

当時この館を利用していたのは、唐ではなく渤海国(ぼっかいこく)の使者にかぎられていた。当時の政府は、渤海客を大いに歓待し、日本の国威を示すために林邑楽(りんゆうがく)を演奏したり、詩文の会などを催していたが、延喜20(920)年頃には廃せられた。

島原伝統保存会より

渤海国とは

渤海 (国)

渤海(ぼっかい、698年 – 926年)は、満州から朝鮮半島北部ロシアの沿海地方にかけて、かつて存在した国。高句麗滅亡後にその遺民である大祚栄により建国され、周囲との交易で栄え、中国からは「海東の盛国」(『新唐書』)と呼ばれたが、最後は契丹(遼)によって滅ぼされた。

Wikipediaより

平安京の渤海国専用の迎賓館がここにあったのか・・・・。渤海国の消滅と共に無くなった感じですね。

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