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京都探索記(洛東) Archive

高台寺・圓徳院夜間拝観

高台寺圓徳院の無料夜間拝観券が手に入ったので早速行って来ました。

17時、夜間拝観開始時間に高台寺へ行くと長蛇の列・・・ (゜○゜;)ひぇー!

先に高台寺から「ねねの道」を挟んで西側にある圓徳院へ行く事にしました。

圓徳院は、高台寺の塔頭で北政所(ねね)終焉の地です。

門をくくり中へ入ると南庭が見えてきます。

南庭↓

圓徳院(南庭)

やっぱり暗い所での写真は難しいな (;^_^A

圓徳院の室内を見ながら国名勝指定の北庭へ移動。

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建仁寺

京都五山第三位の建仁寺は、日本最古の禅寺です。

寺域は約2万2千坪と広大。

境内は、南から北へ勅使門・三門・法堂・方丈と建物が一直線に立ち並んでいます。

勅使門↓

建仁寺(勅使門)

平重盛六波羅邸の門または、平教盛館の門を移築したものと言われている。
勅使門は、矢の跡がある事から別名「矢立門」とも呼ばれています。

三門↓

建仁寺(三門)

御所を望む楼門から望闕楼(ぼうけつろう)とも呼ばれる。

闕(けつ)って難しい漢字ですね (^_^;

辞書で調べてみると、「闕とは、中国の宮門両側に建てた台で物見として使われた」と書いてある。

三門をよく見てみると確かに「望闕楼」の大きな額が掲げられている。

法堂↓

建仁寺(法堂)

法堂の天井には、巨大な二匹の龍「双龍図」が描かれている。

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平安神宮

平安神宮は、平安遷都1100年を記念して明治28年創建されたもので、京都の中では比較的新しい神社です。

御神祭は、都を京都に移され平安京とした桓武天皇と京都最後の天皇である孝明天皇です。

応天門をくくると正面に大極殿が見えてきます。

大極殿↓

平安神宮(大極殿)

朱塗りの柱と緑の屋根との色の調和がなんとも言えない。

大極殿の前には、左近の桜・右近の橘。

平安神宮に来たら神苑(庭園)へ行くのをオススメします。

神苑には大きくわけて4つのエリアがあり、南神苑⇒西神苑⇒中神苑⇒東神苑へと進んでいきます。

南神苑には、かつて京都を走っていた路面電車(チンチン電車)が展示されています。

路面電車↓

平安神宮(路面電車)

書かれている説明には(要約)

『日本最古の電車

この電車は、明治二十八年1月31日に日本最初の交通輸送業電車として、京都電気鉄道が運行したものである。

(中略)

昭和三十六年7月を以って廃止され、永年チンチン電車の愛称で親しまれた我国最古の電車もその姿を消す事となった。

ここに展示している電車は、当初のものであり、平安神宮創建とも深い関係があることから京都市より払い下げを受け、記念として保存している。』

と書いてある。

かつて京都を走っていた路面電車は、現在広島の路面電車として使われており、「祇園・清水・舞妓」などの愛称が付けられているそうです。

広島に行ったら是非乗ってみたい! 

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南禅寺

紅葉で有名な南禅寺の正式名称は、瑞龍山太平興国南禅禅寺で臨済宗南禅寺派の大本山です。

1334年京都五山第一位になり、1386年には五山の上(最高位)となったと言われています。

南禅寺の境内に入っていくとまず石川五右衛門伝説で有名な三門が目に入ってきます。

三門↓

南禅寺1

立て札には(要約)

『伊勢伊賀の領主藤堂高虎が大阪夏の陣で戦没した藩士の霊をともらうため寛永5(1628)年寄進建立したものである。

楼上には、宝冠釈迦座像を本尊としその脇士に月蓋長者、善財童士、左右に十六羅僕を配置し、本光国師、徳川家康、藤堂高虎の木造を中心とし一門の重臣・戦没者の位牌が安置され、毎年法要が行われています。』

と書いてある。

石川五右衛門伝説とは、五右衛門が南禅寺三門の上から京都の町を見下ろし「絶景かな、絶景かな」と言った伝説で、歌舞伎の演目(楼門五三桐)の一場面として有名です。

HPの京の雑学でも書いていますが、三門は石川五右衛門の死後30年ほどして建てられたものです。

南禅寺三門は、一般参拝者でも登る事が許されていてます。

狭い急な階段を上っていくと・・・

三門楼上↓

南禅寺2

三門から見下ろす↓

南禅寺3

京都市内はこのような感じです↓

南禅寺4

絶景かな? (^_^;

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方広寺

豊国神社の北隣に方広寺(ほうこうじ)があります。

方広寺は別名「大仏さん」とも呼ばれていますが大仏はありません。

今から約400年ほど前、方広寺には奈良東大寺の大仏よりも大きな大仏(高さ約20m)があったそうです。

一度火災により焼失し、前回以上の大きな大仏が作られたが、昭和48年再び焼失。

昭和に入ってからの焼失は残念だ・・・・

方広寺には、徳川家が豊臣家を攻める口実を作った「国家安康・君臣豊楽」の有名な梵鐘があります。

梵鐘↓

方広寺1

HPにも「国家安康・君臣豊楽」の写真は載せていますが、もう少し大きめの写真を・・・・

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