金戒光明寺
- りょうたろう
- 2006-09-26 (火) 12:05
- 京都探索記(洛東)







徳川幕府は、成立した当初から京都に正式なお城二条城を作り、万が一の時に兵を入れる擬似城として知恩院と金戒光明寺に力を入れたそうです。
そして、徳川幕府が恐れていた万が一が幕末に起こった。
幕府は、ただちに会津藩主松平容保に対し京都守護職を命じ京都の治安をまかせた。
1862(文久2)年12月、会津藩は藩兵1,000人を率いて金戒光明寺を本陣とした。
平安神宮から北に歩いて行くと浄土宗大本山の一つ金戒光明寺がある。
石段を上ると大きな山門が見えてくる。
山門↓
立て札には
『この山門は江戸幕府の命により文政11年(1828)再建にとりかかり萬延元年(1860)12月に落慶されたものである。』
と書いてある。
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